綾野
about Ayano town
私たちの暮らす町
綾野学区をご紹介します。
甲賀市水口町のほぼ中心部に位置する「綾野学区」は、甲賀市の中でも日常生活に欠かせない商業施設や公共施設が充実した暮らしやすい地域です。
また、「水口城」の城下町、東海道「水口宿」としての宿場町として栄えてきました。歴史ある街並みと便利で快適な暮らしが調和した地域です。
地域コミュニティとしては、14の「区」と、4つの「自治会」がありますが、これらのコミュニティに属しておられない住民も多くおられ、古き伝統を大切にしながら新しく住まれる方々もあたたかく迎え入れる学区です。
水口城跡
水口城は、江戸時代の初期に徳川将軍の宿館として築城されましたが、実際にはあまり使われたことがなかった城です。そして後に水口藩2万5千石加藤家の居城として利用されてきました。お堀の水の清らかなことにちなんで「碧水城」とも呼ばれていました。現在では県立水口高校のグラウンドとして利用されています。東側には「乾角櫓」が復元され、水口城資料館として、資料や歴史を公開しています。
この城下町時代につながる地名が、綾野学区にもたくさん残っています。
みなくるプラザ
かつての水口中央公民館が改築され、水口西部コミュニティセンター(愛称=みなくるプラザ)として、令和7年度にグランドオープンしました。
公民館や多文化共生センターなどの機能も備えた施設として活用され、「綾野まちづくり協議会」の事務所もここにあります。
公民館をはじめ、多文化共生センター、コミュニテイセンター、などさまざまな機能を備えています。子どもから高齢者まで幅広い世代が気軽にこの施設を利用することで「ひと」と「ひと」や「地域」と「ひと」を結び「行きたくなる理由がある」そんな居心地の良い空間、それが「みなくるプラザ」です。
近江鉄道城南駅
近江鉄道自体は、1900年(明治33年)に彦根〜貴生川が開通するなど、古い歴史を持っており、地域の人々からは、鉄道がとおる音から「ガチャコン」の愛称で親しまれています。近江鉄道の水口城南駅は、1989年(平成元年)に開業した、比較的新しい駅で、県立水口高校や甲賀市役所庁舎の最寄駅となっています。
旧東海道
東海道50番目の宿場町として栄え、今もなお街道沿いには、歴史ある街並みや地蔵尊、旧家などの面影が残されています。歌川広重が水口宿を「かんぴょう」を干す景色として描いたところから、水口名物として広く知られるようになりました。元は直線だった東海道が、水口城の関係で、北へ二度迂回させられていることも特徴的です。
藤栄神社(かんめさん)
水口藩初代藩主の加藤明友が、祖父である賤ケ岳の7本槍で有名な戦国武将の加藤嘉明を祀った神社です。境内中央にある桜の古木は「嘉明桜(かめいざくら)」として、地域の住民から親しまれ大事にされています。また神社の愛称も「かんめさん」と呼ばれ、地域の人々に昔から親しまれてきました。
学校
綾野学区内には、多くの学校があります。綾野小学校、水口中学校、そして水口高等学校と、小学校から高校まで豊かな学びと成長を支える充実した教育環境が整っています。地域全体で子どもの健やかな歩みを見守り、応援しています。
龍護山 大池寺
奈良時代末期に、天武天皇の勅命を受けた行基菩薩が日照りに悩む農民のために灌漑用のアグリ池(八重谷池)などの溜池を掘り、その中央に建てられたのが大池寺の始まりです。
国指定名勝の「蓬莱庭園」は、小堀遠州の作といわれ枯山水とサツキの刈込で知られ、美しい姿は、「額縁庭園」としても親しまれています。
水口祭り
江戸時代から今日まで大切に受け継がれてきた、甲賀市を代表する伝統的なお祭りで、毎年4月20日に行われています。曳山の巡行などは、滋賀県の無形民俗文化財にも選択されています。また、曳山の上で奏でられる「水口囃子」には、さまざまな曲があり、曳山の巡行にあわせて演奏されています。
水口神社
古くから綾野学区をはじめとする地域の守り神として親しまれてきた歴史ある神社です。年間を通じて行われる神事や行事は、世代を超えた交流の機会となっています。
綾野天満宮
学問の神様として知られる菅原道真公をお祀りし、綾野学区の身近な鎮守さまとして長年親しまれている神社です。子どもたちの学業成就や交通安全、家内安全などを願う地域の人々が日々参拝に訪れます。
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